阿吽17  派手な大島 粟谷菊生

傘寿を越えて、はや一年。月日の経つのも早いが、この一年間の加速度的わが肉体の衰えには、我ながら愕然。「八十を越えてみたら思い知るぞ!」と或る先人はよく言っていたが、「はあ、そんなもんですかねえ」という感じで、聞く耳もなかば上の空だったが、自分が実際その年齢になってみると、つくづくその言葉が身にしみる。

現在、八十を過ぎて舞台で能を勤める非常に数少ない能役者の中に入ってしまったが、私の知る限りでは、せいぜい三人位だろう。

八十歳過ぎて『道成寺』を舞った故桜間道雄氏には全く敬服。明治生まれの人たちは強かった。自分で鍛えようと思わなくても、今のように車の無かった環境では自然に鍛えられていたのではないだろうか。スキーの三浦雄一郎の父上は今も現役スキーヤーで、自己管理を理想的に全うしておられる。それを見ると、その強靱な意志に脱帽してしまう。僕は、「菊ちゃんが飲まなくなったらオシマイだ」と言われると、すぐ「そうだ、そうだ」と、そのお言葉を素直に有り難く受け入れて、相も変わらず飲んでしまっている、だらしのない男。

平成十六年も能六番程度は勤めることになっているが、曲目が限定されることは否めない。もう可愛い女にはなれなくなってしまったのが残念無念。しかし自由の利かない枠の中で如何によい舞台を観客に見ていただけるか、それしかないと、その都度歯を食いしばって頑張っているというのが現状だ。それに地頭を勤めさせて頂いていることも舞台に足を運ぶ喜びとはなっている。

顧みればここ十数年和服で通しているが、着物の目方も老体にはだんだん重荷になってくる。紬やお召しよりも大島の方が軽くてよい。というわけで最近ひとつ新調した。先代家元、実先生から頂戴している極上の大島は普段着のよそゆき用。何年か前に作ってはいるが僕はすぐに食べこぼしをするので代えをもう一枚…と今回は僕の好みで選んだところ「貴方は汚れの目立つことを考えないで、洋服でも着物でも明るいキレイな色をお選びになるのね」と言われてしまった。光線の具合で僕にはもう少し地味に見えたのだけれど。気の小さい?それともケチ?な僕は新調したてのばかり着ては勿体ないと思って古い方を着ようとしたら「これ少し派手だから年をとると着られなくなるでしょう。今のうちにどんどんお召しなって」と妻に言われ、一瞬?…と思わず黙したが「僕は八十過ぎているんですよ、もう充分老人ですよ!」今度は一瞬おいて女房、大爆笑。マチガイでもこんなこといわれると一寸嬉しくなっちゃったりして。その日はいそいそと稽古に出かけたという次第。

 写真 『大江山』粟谷菊生 撮影 石田 裕

写真 『大江山』粟谷菊生 撮影 石田 裕

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