我流35 『清経』 『紅葉狩』について

我流『年来稽古条々』( 35 )―研究公演以降・その十三―『清経』 『紅葉狩』について

明生 今回も次の粟谷能の会(第九十六回、平成二十六年十月十二日)の演目について話しましょう。能夫さんが『紅葉狩』、私が『清経』を勤めることになっています。

能夫 明生君は小書「音取」ですね。

明生 はい、「音取」は平成十一年十一月の研究公演で取り組み、今回が二回目です。通常、シテは地謡に合わせて登場しますが、「音取」では、笛の音に引かれて、ツレの妻の枕辺に現れるという特異な演出になります。今回もまた、お相手を一噌仙幸先生にお願いしました。

能夫 清経は生前から笛を好み、入水するときも「腰より横笛抜き出し、音も澄みやかに吹き鳴らし…」と、笛を携えている設定だから、「音取」という演出は自然だよね。

明生 先日、友枝昭世師が西本願寺で『清経』を勤められた時、シテの出を音取風のアシライでなさたのですが、あのように上手く演出出来るならば、音取に拘ることもないかな、とも思います。でも、あれは一回限りの特別演出ですから、今回は私なりの「音取」を再考したいと思います。

能夫 そうだね。もともとの演出として音に引かれて出るというものがあって、笛にアシライを吹いてもらう、それが定着し脹らみ、小書「音取」になったのだろうから。思いのある役者と笛方が一体になれば、当然アシライのような形になると思うよ。「音取」という小書に私は憧れるけれど、父(新太郎)は、俺は自分の生理で舞台に登場したい、笛に引かれて出るのは気に入らない、と言っていたね。菊生叔父もあまり好まなかったね。

明生 昔は今みたいに、簡単に音を録音できるわけでもなかったので、一回聞き覚え、笛の譜に合わせて動くのが難儀だったのでしょう。本音は、聞き取れないからということだったのでしょう。

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能夫 そうね。でも一方で「音取」の小書云々より、まずは『清経』という能を、きちっと勤められるかが最優先で大事だと思うね。秘伝を、いろいろ並べても、それは単なる飾りでしかなく、修羅に生き死にした清経という人間像をどう表現するかを置き去りにしてはいけないよ。

明生 そうですね。そこが本質、命で、同感です。

能夫 「音取」は面白い演出だけれど、ただちょっともったいぶっている感じもするね。今後のやりよう、その余地があるように思えるよ。

明生 現行の音取は吹かない間が空きすぎるような気がします。笛の譜とシテの歩みを、全体的に凝縮してよい配分にしたいと思います。一応、研究公演でオーソドックスなものは済ませていますから、今度は、仙幸先生ともよくご相談させていただき、より良い「音取」に挑みたいです。

能夫 笛を吹いて死んだ人間の思いや、笛の音が妻を恋うる意味もあるから、その思いがイメージされるといいね。

明生 笛の森田流の心得に「音取は妻恋いの鹿の心…」とありますが、鹿は夫婦仲がよく、離れていてもお互いに恋うて、鳴き交わすらしいですね。

能夫 昔から鹿の鳴き声は夫婦愛、鶴は親子愛というね。

明生 互いに行き違った思いがあって、清経が妻の枕辺に立つと、お互いの恨みを言い合いますが、それも愛があるからこそですね。

能夫 妻は夫が自ら命を絶ったことへの恨み、夫は妻が形見の鬢髪を送り返したことへの恨み、この会話は能のなかでは秀逸で真に迫っている、余程の思いがあるよね。

明生 討たれたのでもない、遁世でもない、どうして自ら命を絶たなければいけなかったのか、死ぬときは一緒にと約束したじゃないかと、妻の恨み節ですね。でも、それほどの恨みがありながら「夢になりとも見え給へ」と、妻は夫が恋しくてならない複雑な思いですね。このツレ役を、今回は佐藤陽に勤めさせますが、とても重要な役です。むずかしく長時間座るので足も痛い、しかし、能役者としては、将来シテを勤めるための準備段階でもあるので、避けては通れない役です。「世の中の憂さには神もなきものを…」は喜多流では、ワキの謡ですが、音取の場合は笛方が舞台に入って吹くため、ワキ方が遠慮して舞台を譲り退場することもあり、シテか地謡が謡うこともありました。ですが、今回は従来通りでやってみようかと考えています。

能夫 それもいいかもね。

明生 清経の妻についてですが、藤原成親の娘ですよね。成親というのは反平家の陰謀に加担し、息子の成経は俊寛とともに鬼界島に流された人物、要するに平家とは折り合いが悪かった。

能夫 清経の父、重盛も成親の妹を嫁にしている。重盛の時代は新興の豪族とどんどん婚姻関係を結んで、当初は両家もよい関係にあっただろうけれど、清経が都落ちするころは、ロミオとジュリエットではないけれど、家と家がまずい関係になっていたわけだよ。

明生 だから、愛し合っていても、一緒に連れて行くことができなかったわけですね。

能夫 そういう事情を知って演じるのはいいことだよ。

明生 平家物語では清経に関することは、入水のことぐらいで、わずかなエピソードしか語られていませんよね。そこを世阿弥が夫婦愛の物語として創作したということは、すごいことだと思います。遺髪を届けに、ワキの粟津の三郎がやってくるところから物語を起こし、ですから遺髪を形見として渡すことは世阿弥の創作だとも言われていますね。もちろん、平家滅亡を予感し儚く逝った清経の思いや世の無常というテーマもありますが、夫婦の心のひだをきめ細かく描くことをテーマとしたと思います。

能夫 『清経』は若く未熟な者が基本型のシカケ・ヒラキをマスターしたら出来るという曲ではない。『清経』のような情緒的な能は若者の勉強にならないと言う人もいるけれど、ああいう修羅の生き死にがあって、一生の思いがあって、死んでからもこの世に現れて思いを述べるという、そういう能を若者も早く体験すべきであって、そこに憧れをもってほしいね。

明生 このような心理描写的なものもきちんとある時期に体得すること、大事ですね。それが一人前の能役者になるために大事なことです。

能夫 そう。死んだ者が出てきて泣くんだよ。一生の思いが凝縮されているわけだよ。それも清経二十歳ぐらい、妻も二十二、三歳、そういう若い夫婦のシビアな会話がある、そこをどこまで演じられるか、だね。夫婦の「愛とそのすれ違い」、今に通じるじゃない。思慕もあり恋愛もあり嫉妬もあり、これは永遠に変わらないですよ。

明生 なるほど。時代の感覚として、今に通じる演劇性を、『清経』で表現したいですね。さて次は『紅葉狩』にしましょう。この間、予告番組チラシを作る時、『紅葉狩』の写真を見ましたら、前シテが大口袴ではなく、着流し姿でした。

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能夫 今は緋大口袴を穿くのが一般的だが、本来は着流し、一度演ってみたいと思ってやりました。実は僕は公開の場で、きちんと『紅葉狩』を勤めていなくて、そのため写真も少ない。ここで、正式に演っておきたいという気持ちが湧いて来てね。でも、そう深い能ではない気がするね…。

明生 信光の作品でショー的な要素が多く、気軽に楽しめる面白さはありますね。

能夫 そういう面白さだけだよね。ドロドロした内面を隠して、ではないでしょ。

明生 そうですね。演じてみて、登場人物の心の重さ深さ、などというものは、全く感じられませんでした。ただ女の魅力、というような…。

能夫 誘惑するという女性の持つ普遍的な性というのはあるかな。でも、それがいきなり鬼になるんだよ。(笑)『紅葉狩』というと、若いときは急之舞を高速で舞うことに憧れがありましたよ。そしてそれが将来の『道成寺』に繋がる。そのためにお勉強してクリアしておく曲、というイメージが強くあったね。

明生 喜多流では『道成寺』に向けて、『黒塚』や『葵上』で祈りを習得し、『紅葉狩』で急之舞を経験しておくという前提条件、それを習得した上でという流れがあります。『黒塚』で祈りを経験すると、先生から「次は『紅葉狩』だ」と言っていただく言葉を心待ちするような…。急之舞を舞えるのは『道成寺』と『紅葉狩』しかありませんからね。だから、『黒塚』や『葵上』をなさる先輩、『紅葉狩』を綺麗に格好よく舞われる先人たちに憧れがありましたね。志ある若輩者ならば、これらの曲は一生懸命観ます。急之舞を体を揺らさずに、しかも女らしく格好よく舞う人、憧れましたね。

能夫 そういう体の動かし方とか、動きの面では絶対クリアしなければいけない曲。父も菊生叔父も『紅葉狩』好きだったね。

明生 それは何故でしょうか。

能夫 やはり、先代十四世喜多六平太先生への憧れ、かな。『安宅』などと同じで、芝居っぽいところも良かったんだろうね。惟茂一行をだまし誘って、酒で饗応し、彼らを酔わせ眠らせて、中入前の「夢ばし覚まし給ふなよ」と、艶ある芝居心もふんだんにあるしね。

明生 ワキに酒をつぐとき、恥ずかしそうにして目を合わせない態勢、口伝ですね。

能夫 ワキと正対しないでつぐのが心得だね。見透かされやしないか、という陰りを出すための心持ちですよ。

明生 そこが自然に出来るといいですね。歳を嵩まないとお出来にならないのでしょうが…。

能夫 そういうテクニックみたいなものがあるね。先人たちはそこを魅力的にやられていたのだろうね。

明生 あの場面、私は散々夜の街で、艶ある女性にお酒を飲まされてきましたから、自信はあるんですよ。(笑)

能夫 父たちは好んでよく演っていたけれど、僕はそれほどでもなかった。しかし今度、いろいろ調べていくと発見があって、やはりお能というのは面白いものだね。練れた曲でしょ。ある華やかさがある、舞台栄えはするし、お能としての存在意義というか、心の部分では足りないかもしれないけれど、ショー的なものが上手く出来上がっている。だから『清経』みたいに、心と心の戦いみたいなものと、『紅葉狩』のように、一つのショー的なもの、この対峙する二曲を通してご覧いただくのは面白い企画だと思うよ。

明生 両方の魅力を堪能していただくのはいいですよね。それにしても『紅葉狩』というのは本当に心の部分はないのでしょうか。『大江山』は酒天童子の負けていく悲しみ、『野守』は迫害を受け屈辱のなかで抵抗する民族の反骨精神みたいなものがあります。ところが『紅葉狩』だけは、それらの被征服者や鬼のような悲しさが感じられません。独り身の女性の悲しさの『黒塚』とも全然違いますし。

能夫 魂の叫びみたいなものがないね。『紅葉狩』の鬼はもともと戸隠山の鬼で、何かの末路かもしれないけれど、作品に悲しみみたいなものは全く感じられない。この能は故意にそういう描き方を押し通そうとしたのかな。

明生 女が維茂を誘惑する具合はよく書かれています。誘惑の能ですか。それであれば、あくまでも美しく華やかでないといけませんね。今回はどんな風に演るつもりですか。以前と同じ着流しに再チャレンジですか。

能夫 僕がなぜ着流しでやったかというと、急之舞は『道成寺』だって大口袴ではないでしょ、基本は同じだから。大口袴は、シテが上臈だからと選択していると思うけれど、山に入る女性が大口袴を穿くことはおかしいだろうし。前を着流しにして後シテで大口を穿いて出たほうが、変化した感じがして、いい面もある。だけど、着流しで床几に座るのがきれいでないことや、前シテがツレ(里女)と同じ格好になってしまうという弱点もある。以前は、先祖がえりの思いもあって、着流しでやりましたけれど。今度は写真を残すためにも大口袴でやってみますよ。

明生 信光の作品はある時代を画した新しいものですから、現代の演出もいろいろなやりようがあってもいいですね。信光様なら許して下さるような気がしますよ。(笑)

能夫 昔、実先生の発想が面白いと思って関心したことがあるんだ。前シテの着付けで普通の箔を着られたんだ。鬘帯、腰帯も鱗柄の模様ではなくてね。『紅葉狩』というと「鱗箔」をよく使うでしょう。鬘帯も腰帯もすべて鱗の模様。父も菊生叔父もみんなそうだった。しかし鱗箔では最初から鬼になりますよと見せているようなものでおかしい、という実先生の発想が新鮮でね。ああ、ここまで考えてやっておられるのか、と感心したことがあるよ。

明生 最初から鱗箔を着ていれば、中入りの着替えが楽、物着の手間を省くという考えが重視されたようですね。

能夫 曲を考え、その本質を見なければいけない、と思うよ。前シテから気色ばって鬼ですと登場するのでは、最初から種明かししているようなものでしょ。前はあくまでもエレガントでなくちゃ。僕もそういうところまで考えてやりたいと思う。そして、後場は緋の半切に穿き替えて力強く。それでも後シテの面はやっぱり般若だろうね。

明生 他流ではシカミが一般的らしいですが。

能夫 般若だと恨みや内面が出るように見えるね。『紅葉狩』はそういう面は希薄だけれど、シカミは男の風情でしょ。やはり女の般若でやりたいね。能は演じる曲目が決まると、いろいろ調べ物をする、すると面白さが湧いてくる。なぜ、今までこの曲を遠ざけていたのかなと思うね。

明生 能役者は今残っている曲であれば、一度シテを勤めると、その曲の持つ面白さを体感、体得出来ますね。兎に角、どれも六百年以上生き続けてきた曲ですから。

能夫 これからもお能の悠久の歴史を感じながら舞台をやりたいね。

明生 そうですね。流儀の流れ、能の歴史、演出の変化、いろいろなモノを感じながらですね。      (つづく)

 

 

写真:

『清経音取』 シテ 粟谷明生 (撮影 石田 裕)

『紅葉狩』 シテ 粟谷能夫 (撮影 前島写真店)

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